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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
4月22日(土)、緑の迎賓館ANGELINAにて行われた、太田家・大江家の結婚披露宴にお招きをいただいた。
新婦の父である大江文彦氏とは、25年前からのお付き合いである。
大江氏と出会ったのは、鉄砲町のアサヒビール園。
現在のヤマコーが経営しており、そこにはいつも柏倉信幸社長がお茶を飲んでおり、側には山形ゼロックスの設楽専務がいらっしゃった。
そこに、まだ20代前半の大江文彦氏がいたのだ。
自分はダイバーシティメディアの前身のケーブルテレビ山形を設立して数年後の37、8歳ぐらいだと記憶している。
その時の大江氏の印象は、「こんな若くて、山形経済界の大物に可愛いがられているなんて、凄い若者だなぁ。」と、率直に思ったのだ。
自分の父と山形新聞の当時の相馬健一社長は、山形大学で同級生。
その相馬社長と柏倉社長は、経済界の盟友であり、自分の父が山形市長選挙に立候補した際、4度目にして初めて応援をいただいたのである。
アサヒビール園での出会いから、25年が経つ。

この日、結婚披露宴会場で驚いたことは、自分の席の隣が、約20年前からお世話になっていて、ここ10年はお会いできなかった浅見茂氏であったことである。
浅見氏は、自分が東映の故岡田裕介会長を出会わせてくださった恩人である。
岡田裕介会長とは日比谷高校の同級生で、2004年の12月末に、旧山形県民会館で開催した「北の零年」の大イベントを、当時設立したばかりのムービーオンの自分と、浅見さんが協力し合い、2000名の舞台挨拶を開催してほしいというものであった。
それ以降も、浅見氏とは、様々なイベントや大会をご一緒に企画し実現したのを覚えている。
しかし、10年くらい前からは、お会いする機会が全くなかったのである。
再会した瞬間、抱き合うが如く、懐かしさと喜びが湧き上がり、ずっとお話をさせていただいたのである。


オープニングビデオの中で、大江文彦氏が、この日の披露宴会場の花々を飾っている様子が流れる。
また、新郎新婦の和服姿や、ご長男との絆や、家族の触れ合いなどが写し出されていた。

会場のドアが開き、新郎新婦が入場して来る。
割れんばかりの大きな拍手が、二人を包んだ。

主賓の村山一彦先生の祝辞は、心を熱くした素晴らしいものであった。
新婦の小さい時から、大江家との繋がりがあったこともあり、自分の娘のように新婦の小百合さんを思っていることが伝わってきたのだ。
その後の、御両家の挨拶は、感動の涙であった。
大江氏の心中が吐露され、一人息子なのに東京から娘のもとに来てくれたら新郎の将史さんと、そのご両親に涙ながらの感謝の言葉を述べられていた。

ただただ、愛情いっぱいの結婚披露宴であった。
自分の弟も、大江文彦氏と親友ということもあり、ご招待を受けていたが、自分と同様に感動の涙を流していた。
お二人の未来が幸せであることを、御両家が益々ご繁栄されることを、心よりご祈念申し上げたい。
追伸。
ゴールデンウィーク中に、焼肉「べろきん」で大江将史店長とお会いした際、これまで以上に「いい顔」をしていた。
やっと挙げた結婚披露宴。
きっと、多くの人々が祝ってくれたあの日が、これからの糧になっていることは言うまでもないだろう。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12800182948.html