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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
11月23日、スペシャルオリンピックス日本の会長であり、山形交響楽団の会長である三井嬉子さんがご逝去された。
11月26日に、訃報に接し、信じられない気持ちであった。
いつも凛とされていて気高く、一方で、誰に対しても愛情いっぱいの言葉をかけてくださる。
清廉で謙虚なお姿は、時代の先頭に立たれる方であったと確信を持って言える。

(2017年12月13日、山形交響楽団45周年記念演奏会・レセプションにて)
2008年3月7日に開催されたスペシャルオリンピックス山形大会において、その準備は、2006年頃から始まっており、当時のケーブルテレビ山形は、まさにその前線基地のような場所であった。
当時のスペシャルオリンピックスの会長をされていたのが、細川護煕元首相の奥様の細川佳代子さん。
その時、理事長として、ケーブルテレビ山形にお連れいただき、初めてお会いしたのが三井嬉子さんであった。
バリアフリー、ノーマライゼーションなどという理念を語った自分に対して、「時代遅れよ!そんな言葉は!今は、インクルーシブと言う考え方が主流ですよ。」と、ピシッと仰った細川佳代子会長の脇で、微笑んでいられたのが三井嬉子理事長であった。

15年前から、三井嬉子さんは上品で凛とされていて、優しく周囲を包んでくださっていた。
その後も、何度かお会いする度に、笑顔でお声をかけていただいた。
吉村美栄子知事とも、とても懇意にされており、知事が初当選されてからもそれは続き、自分の伯父で美栄子知事の義父の葬儀の際も、わざわざ東京から駆けつけてくださった。





(2019年5月31日、山形交響楽団定時総会)
次の出会いは、今から7年前、2015年に三井さんが山形交響楽団の会長に就任された時。
その時は、山形交響楽団が、まさに全国区になったような高揚感があった。
それほど、三井嬉子会長の存在が放つ光は眩しかった。


(2019年11月30日、山形交響楽団理事会)
誰とでも、同じ目線でお話しいただき、いつも優しい言葉を発する方であった。


(2021年10月27日、山形交響楽団理事会)
コロナ禍になっても、理事会の度に山形に来られ、山形交響楽団に愛情を注がれていた。
11月28日付けの山形新聞には、園部理事長、西濱専務理事、寒河江山形新聞社長、長谷川山形銀行頭取などのコメントが掲載されていた。
吉村美栄子知事は、11月27日に、東京へ弔問に行かれたとのこと。


(2022年4月17日、山形交響楽団創立50周年記念祝賀会)
自分が最後にご挨拶をしたのが、4月17日にメトロポリタンで開催された山形交響楽団創立50周年記念祝賀会であった。
まさか、その半年後に幽明境を異にするとは、思ってもいなかった。
知的な障害がある人に寄り添って、その未来を支え続けていた三井会長。
山形交響楽団を、こよなく愛してくださった三井会長。
三井嬉子さんこそ、今の時代のリーダーとしての資質をお持ちだと思う。
その数えきれない意志と情熱に、心からの感謝の意を表したい。
そして、この人生の中で、三井さんとの出会いを、誇りに思う。
これまでのご指導、誠にありがとうございました。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
合掌。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12776834767.html