- NANA starringが参加しました!
- グループホームあさひが参加しました!
- ときめき形成外科が参加しました!
- 株式会社 オクヤマ電気工事が参加しました!
- ルージュ・ベルグが参加しました!
- 株式会社 菊池技建が参加しました!
- 城北電気工事株式会社が参加しました!
- 藤庄印刷株式会社が参加しました!
- 老舗 長榮堂が参加しました!
- グランドホーム樫の木が参加しました!
日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
7月21日(木)、フジテレビ系列のさくらんぼテレビで、「LOVE LOVE あいしてる最終回・吉田拓郎卒業スペシャル」が放送された。
中学生で初めてフォークソングと出会い、アコスティックギターを手にした頃、吉田拓郎、井上陽介、かぐや姫たちは、自分たち憧れの存在であり、みんな目指したカリスマであった。
だから、それまでテレビには出なかった吉田拓郎が、1996年に始まった「LOVE LOVE あいしてる」に、キンキキッズとレギュラーで出演した時は、それこそ衝撃であり、吉田拓郎の一挙手一投足を見たくて、深夜の11時過ぎからの番組を観ていた記憶がある。
![](upload/staff/86/images/7e17a5820b6553bff70d38a3c5472fa1.jpg)
![](upload/staff/86/images/807c957a1115b6e8626683a0e2308940.jpg)
![](upload/staff/86/images/6e762b266943fa0de881065a6dd093a2.jpg)
自分は当時は36歳。
吉田拓郎は当時は50歳。
ちなみに、ロック界のカリスマ矢沢永吉は当時は46歳だった。
そんな時代に、吉田拓郎は、何故かジャニーズジュニアのキンキキッズと、番組を作っていく。
![](upload/staff/86/images/1185f746bb164fcae6dd6b9c7f33fccd.jpg)
![](upload/staff/86/images/a50d5d8f7ab7451136ccde57bd456a67.jpg)
![](upload/staff/86/images/f3e56b5d46a19d873920344a9b16dd65.jpg)
![](upload/staff/86/images/2e7bb964e5544ee95c61f33da70f61ed.jpg)
木村拓哉や生田斗真などのメンバーが、最終回なので、キンキキッズのバックダンサーを務めた。
![](upload/staff/86/images/ae44b50300e76e3202bb638347ef2743.jpg)
![](upload/staff/86/images/8cd8e949fad2510f25205ab377008b9d.jpg)
明石家さんまも、サプライズの登場で、豪華なメンバーが、番組を盛り上げていた。
あいみょんも、ゲストで出演。
吉田拓郎は、彼女の詩の世界を、評価していた。
![](upload/staff/86/images/6d6bc38510bd45702bbc4bc77408eaa3.jpg)
![](upload/staff/86/images/11d00f8314ff3c30ef65bb92d1da40cb.jpg)
2001年3月に番組が終了してから、21年が過ぎた。
10年はひと昔なので、「LOVE LOVE あいしてる」は、ふた昔前の番組である。
今は亡き、47歳の忌野清志郎や、志村けんなどのメジャーなゲスト出演のVTRも流れて、過ぎし日の歴史を感じざるを得なかった。
![](upload/staff/86/images/486d724086a09d62d819bae605c08822.jpg)
![](upload/staff/86/images/990a5474212f320a227c0a8b5873d1d6.jpg)
![](upload/staff/86/images/9fdbce2bc5d991905b869aaa113f4b09.jpg)
ここ数年、吉田拓郎は大きな病に倒れたとNEWSになっていたので、今は「どんな感じだろう?」と思っていたが、元気そうで安心した。
![](upload/staff/86/images/d2e82bd3cd00cdd82c994e13466182fe.jpg)
相変わらずの、傍若無人の態度や、べらんめぇの口調は変わらなかったのが嬉しかった。
この番組で、テレビ出演が最後であり、歌うこともあとは無いとのこと…74才というカリスマアーチストが、引き際を考えられたのだろうと思った。
![](upload/staff/86/images/3a558b499d6bab8085c4371d69e4c59e.jpg)
![](upload/staff/86/images/b9d2b86ae85c30f75a55536aea8fcb2d.jpg)
![](upload/staff/86/images/a978a7791fb0c3d3d9e8b66e16bfad4d.jpg)
![](upload/staff/86/images/76a42f17ea43b74e95135dc1ca70db7a.jpg)
![](upload/staff/86/images/923b7cb5cafeb18c9719d8456f2892be.jpg)
![](upload/staff/86/images/7b28c7ae35b9a26b7816a11b9dbce813.jpg)
![](upload/staff/86/images/c0536b1cb8e75959f2422d89a6cae3c1.jpg)
堂本剛も堂本光一も43歳。
拓郎が、番組の中で、彼らにギターを教えていたが、みるみる腕を上げていったのを記憶している。
今では、吉田拓郎の書いた詞に、2人で最後の曲を作っていた。
アルフィーの坂崎や、篠原ともえも加わり、感動的なラストであった。
![](upload/staff/86/images/de24078678ba86eb4fb1db53d6a3340b.jpg)
![](upload/staff/86/images/a8de502ab19c1f6d61e6200c0d0310d9.jpg)
![](upload/staff/86/images/6c5a377da6e1c56904db8032307d17c0.jpg)
![](upload/staff/86/images/75ec46bf9555fb4384a2c688ab352aef.jpg)
![](upload/staff/86/images/00128212e85ccb924f29dbb01dc98178.jpg)
吉田拓郎の最後の歌。
胸に込み上げてくるものがあった。
約50年前。
1972年、「結婚しようよ」と「旅の宿」を、感動と共に一緒に覚えた。
1974年、かまやつひろしとの「シンシア」は、中学の仲間が集まると、皆で歌う曲。
「どうしてこんなに悲しいんだろう」は、とても心に沁みた。
「人生を語らず」は、拓郎が、それまでの拓郎と違っていた。
数年前までは、カラオケで歌う好きな曲。
そして、「襟裳岬」は、歳を重ねるにつれ、世界感が分かってくる曲である。
自分史の中に、多くの吉田拓郎の曲が、刻まれている。
![](upload/staff/86/images/7a3dc720f2cecec47938aaea320bd577.jpg)
吉田拓郎が番組の最後に流した涙。
昨夜、録画した映像を観て、貰い泣きした。
キンキキッズの2人へ、心からの感謝をし、他の出演者や番組スタッフにもお礼の言葉を述べた。
こんな綺麗な、美しい言葉を吐露する吉田拓郎を、これまで見たことがなかった自分は、とても感激したのである。
次に、吉田拓郎を見るのは、いつなのであろうか?
そんな余韻に浸りながら、埃を被った古いギターを取り出してみるのであった。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12754935770.html