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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
河野誠司選手と中島良史選手が、今回、5シーズンにわたって所属した山形ワイヴァンズを離れることとなった。
6月10日(金)、2人の激励会を、パスラボの常勤役員のメンバーと、山形チャイニーズ「香琳」にて開催する。

河野と中島は、今から5年前の2017年、ちょうど同じ頃に山形ワイヴァンズに合流した。
山形ワイヴァンズから高橋祐二選手が茨城ロボッツへ移籍し、河野誠司選手が逆に茨城ロボッツから移籍してきたのだ。
たまたまだったが、ガードが入れ替わったカタチになった。
当時は、「河野は気が強くとんがっていて、周囲との協調性が無い!」と聞いていたが、少なくとも自分は一度もそう感じたことはなく、山形ワイヴァンズでは、2年目くらいには、既にチームをまとめる頼れる存在になっていた。
中島は、愛媛オレンジバイキングスからの移籍で、ワイヴァンズに入団したのは、河野より約1週間遅く、当時のヘッドコーチと選手たちとの懇親会の会場へ、山形に到着して、真っ直ぐ、その場所に顔を出したのを覚えている。
スーツを着て、会場の外で、自分にキチンと「愛媛から来ました中島良史です。これからお世話になります。よろしくお願いします。」と挨拶してくれた。

2017年夏、蔵王合宿を終え、このシーズン最初の全選手の合同夕食会の写真である。
河野と中島は、この時から仲が良く、次第にお互いを信頼し、リスペクトし合う仲になったと思う。

そば処「ひろ」にて、冷やし肉そばを食べる。
2020-21シーズンは、山形ワイヴァンズの選手の約半分がコロナに感染したが、プレーオフにも進出した思い出が深いシーズンだった。
シーズン終了時、各行政への挨拶回りの途中に昼食をとり、久しぶりに2人と話をする。




中島は、俠気があり、自分は好きなタイプの選手であり、突撃隊長のような存在であった。




河野は、自分のプレーを確立していくが、それ以上に周囲への心遣いが強く、次第にチームの中心となっていった。

2人とも、納得できるまで妥協せず、キチンと対峙して話し合うタイプであり、それだけに腹を割って話せば、信頼し合えた。
そして、何よりもプロ意識がとても高い選手である。
まだまだ、暫くは、コンディションを維持できるであろう。

村上駿斗がワイヴァンズに戻ってきた時、河野と中島と「テキサスカウボーイ」で、次のシーズンのことを話し合った。




リーグから会社に届いた「2021-22シーズン3ポイント1位のティファニーのクリスタルトロフィー」
河野選手に贈呈した。
素晴らしい成績であった。
本人にも言ったが、3シーズン前に肩を痛めなければ、あの時に取れたモノだと思っている。
それが、スポーツ選手の光と影であろう。
でも、もう一度取れるのだから、本物の力だと思う。

自分からは、「2人と歩んだ山形ワイヴァンズの歴史は、とっても意義があり、いずれ山形ワイヴァンズが栄冠を獲得した時に、必ず語られる5年間である。そして、河野は愛媛、中島は鹿児島で、思いっきりプレーしてほしい。そして、この山形を古巣だと思い、いつでも羽を休めに来てほしい。」と話す。


河野、中島の両名から、山形ワイヴァンズ、クラブ、フロント、チームスタッフ、社員、そしてブースターの皆さんへの熱い思いと感謝の言葉があった。


この日、中華料理をたらふく食べて欲しかったが、既に2人とも減量に入っていた。
アスリートである。

武田宣行常務、渡辺聡常務、斉藤健前専務が集まり、2人を労ってくれた。
この時、皆、やっぱり寂しい思いを抱いていた。
高校の卒業生を見送る先生方の気持ちって、きっとこんなものなのだろう。
共に笑い、共に涙し、共に喜び、共に悩んだ、そんな5年間である。

そして、6月13日(月)、河野家族が皆で最後の挨拶に来てくれた。
中島もそうだが、河野の子供達は、皆、山形で生まれた子。
「山形の子」として、また来いよ!…と、別れを惜しんだ。
子供達のためにも、もう一踏ん張り!
河野も中島も、これからは違うチームだが、残り少ないバスケットボールのプロ選手として、更なる高みを目指してほしい。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12748126962.html