- NANA starringが参加しました!
- グループホームあさひが参加しました!
- ときめき形成外科が参加しました!
- 株式会社 オクヤマ電気工事が参加しました!
- 株式会社 菊池技建が参加しました!
- 城北電気工事株式会社が参加しました!
- 藤庄印刷株式会社が参加しました!
- 老舗 長榮堂が参加しました!
- グランドホーム樫の木が参加しました!
- まさもりドライブインが参加しました!
日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記




今シーズンは、山形ワイヴァンズの調子がよく、大舩社長からは、大変喜んでいただいた。
昨年が、最下位で合わせる顔もなかったが、大舩社長からは、今シーズンも、変わらぬご支援を賜ったのである。
パンツには、新しいロゴ「Fujisho」が刻まれている。


この日は、大舩社長の他に、「山形会議」などの制作や各種デザインを担当する海保制作部長も同席する。
東北芸術工科大学第1期生だそうだ。
(自分の弟や、亡き福島氏と同期とのこと)
福島氏が亡くなる前、ムービーオンに所属していたことを初めて知り、驚かれていた。
史恵女将から、「明治天皇が山形に来られた時に、その為だけに作られたのがこの部屋」との説明を受けていた。
そして、100年以上も経つ部屋の藍色の襖が、色褪せず健在であることには、訪れた方々は、皆驚かれるのだ。
「藍の間」は、「愛が醒めない間」などと呼ばれているそうである。
この1年間、東京からのお客様が、山形にほとんど来ない為に、自分も山形の各料亭に伺う機会は、極端に少なくなった。
だから、史恵女将の、いつもの亀松閣の歴史説明は、とても新鮮に感じたのである。

部屋に入った時から気がついていたが、とても華やかで重厚な趣を放っていた生地が飾られていた。

この日、数年前に閉じた、老舗料亭「野々村」の女将さんと娘さんが「亀松閣」に来られ、ご主人の野々村社長のお母様(先代の女将)の貴重な帯をいただいたそう。
「是非、飾って欲しい」と言われ飾らせていただいた…と史恵女将は話す。
先日、野々村さんとお会いした時に、ブログ掲載の了承をいただく。
浅学菲才の自分には、ただ「素晴らしい」としか表現できない帯の刺繍だが、じっと見ていると心が熱くなってくるのだ。



今のご時世、どこもかしこも大変な中、「社内安全、身体堅固、疫病退散」などを祈念して、参加者全員で、岩塩の鏡割りを行う。
岩塩に、桜の花びらが塗されていた。
とても綺麗だった。


岩塩の中からは、山形牛のザブトンが出てきて、鉄板焼きにして食べる。
とても美味しかった。


タケノコやフキノトウなどの、春の野菜の天ぷらも、そのこだわりが素晴らしく、まさに旬を味わうことができた。

もう一つ、とてもとても嬉しかったことがあった。
故笹原智美親方と史恵女将の次女である、百可(ももか)さんが、京都の「瓢亭」さんから、修行を終えて亀松閣に戻って来られた。
4月1日から板場に立っているとのこと。
智美さんの葬儀の時、瓢亭の高橋会長は、「亀松閣に返すその日まで、しっかり百可さんに瓢亭にて修行を積ませるから、楽しみにしていてください」と、おっしゃっていたのを覚えている。
亀松閣の先代智美さんのお父上と、自分の父の吉村和夫は、山形大学ボクシング部の同級生。
父と母の祝言は、亀松閣。
自分と妻の結納式も、亀松閣。
長男と嫁の結納式も、亀松閣の予定である。
三代続いたご縁に感謝して、これからも、この山形の財産である「亀松閣」を、末永く大切に活用させていただきたいと願っている。
そして、嘯月と野々村の由緒ある老舗料亭が姿を消し、山形の料亭文化が大変な中、何としても頑張ってコロナ禍を乗り切ってもらいたいと、心から思うのである。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12670635402.html