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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
2018/11/29 12:33:53
「カフェ・クルー(Crew)」オープン36周年の記念日 ☆
11月28日は、七日町にある「カフェ・クルー(Cofe Crew)」の誕生日☆
オープンしたあの日から、36年が経つ。
中学時代からの親友である佐藤隆くん。
当時、自分たちの仲間で最も早く独立し、自分の城を構えたのであった。
この日だけは、必ず花を贈る。
20周年辺りから贈っていると思う。

隆も自分たちも、まだ22歳。
かぐや姫、風と続いた伊勢正三の「22歳の別れ」は、自分たちの中ではバイブル的な楽曲のひとつだった。
隆の一番好きなアーティストが伊勢正三。
彼の22歳でのオープンは、自分たちに「別れ」ではなく、多くの「出会い」をもたらしてくれることになる。

高校性になってからは、隆たちが「南南東の風」、自分たちは「季節風」というバンドを組み、ライブやコンサートをしていた。
伊勢正三の曲は、いつも中心にあった。
クルーのオープン7周年記念の年に、「伊勢正三」を山形県民会館大ホールに呼び、オープン記念コンサートを開こうということになる。
みんなで必死にチケットを売り、満員まではいかなかったが、1600の席の7割は埋まったのである。
問題は、伊勢正三さんに話が数日前までは繋がっていなかったという事。
間に入ってくれた人が話をしてくれた「伊勢正三のマネージャー」と名乗っていた人が、どうもキチンとした方ではなかったようで、山形県民会館でのコンサート企画を、伊勢正三さんは全く知らなかった。
最後は直接クルーの店の電話から、なんとか伊勢正三さんに繋がり、本人への直談判。
「今からでは、バンドは無理だけど一人で弾き語りなら…」と伊勢正三さん。
直前のやれるかやれないか…。
チケットは売ってしまっている。
最後は、山形のクルーに集まるファンの願いを、正やんは聞いてくださったのである。
芸能界&音楽業界…素人が手を出すと火傷する怖い世界と思ったのである。
(今では、多くのビジネスで、その世界と仕事をさせてもらっています!)
先日、この話をユーズミュージックの稲葉社長に話したら笑われていた…。
コンサートの夜、同級生の「三枡」で懇親会。
二次会は、七日町ワシントンホテルのガスライトで明け方まで飲んでいた。
飲み過ぎた隆の代わりに、伊勢正三さんを山形駅まで送った。
ホームまで行き、季節外れの「なごり雪」が降ってこないかな…と、思ったのである。



クルーは、自分たちの「人生の休憩所」であり、日々の暮らしの中での「ひと息つく場所」である。
一日中いる奴もいたし、何回も行く奴もいた。
自分も、ほぼ毎日行っていた頃もあった。
20代、30代は、クルーに行くと、必ず仲間たちが数人いた。
所謂、溜まり場であった。
自分にとっては、癒されたり、リセットしたり…そんな大切な場所。


ヒレカツ&豚汁であった。
「季節風」の相方である高橋昌彦くんと行く。
何故か経済界の大物先輩たちも、よくカウンターに座っているのを見かける。
話している内容は、若々しく楽しい「趣味や遊び」の話。
みんなここに来ると、20代の青年に帰るのかもしれない。
隆くん、もう少し、クルーは続けて欲しい。
みんな、もう少しで定年退職。
その時こそ、第2のゴールドラッシュだぜ!
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12422258673.html