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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
朝、午前7時54分、家の電話が鳴る。
義兄の新関徳次郎氏より、義母の訃報。
昨日は、妻と、義兄の息子が施設を訪ねると、元気で話していたとのこと。
驚きと悲しみと、これからなすべきことが交錯する。
急いで、古館の妻の実家である「山二醤油醸造」に向かう。
何千回も通った道。
いつも笑顔で待っている人が、これからはいないと実感する。
悲しみが溢れる。
妻は、ほぼ1日おきには、お義母さんへ通っていた。
容態が悪いというほどではなかったが、けして良い状態でもなかった。
1ヶ月前に、実母が理事長をしている「せん寿ノ杜」から、義母の自宅のある大曽根の施設に移ったばかりである。
先日、東京の義妹たちが来たときは、とても元気でいたために、少し小康状態が続くのかなぁ…と思っていたが、やはり飲めない食べれない動けないと、次第に体が弱まっていったのだろう。
自然が好きな人であった。
とても大きな優しさを持ち、凛としていて、義父が若くして亡くなってからも、女手ひとつで3人の子どもを成人させ、そして結婚させ、今では6人の孫を持つ笑顔が素敵な人であった。
桜の花が大好きで、馬見ヶ崎川沿岸の桜のトンネルは、お気に入り。
その季節は、必ずお花見をして、娘の家で寿司を食べる…そんな晩年だった。
6、7年前の、古館の家での光景。
いつも、義兄(大曽根餅つき保存会長)の突いた餅を食べる。
義姉(さとみの漬け物講座)が作った、漬け物も並ぶ。
お義母さんの作った郷土料理は最高だった。
子どもたちも、皆が、大好きな場所であった。
もうあの光景は見ることはできない。
家族をとても思っていた人だった。
お義母さんは、末の娘である義妹「東京銀座の山形田の女将」を、特に心配していた。
また、自分のことも、心から理解していてくれた人の一人でもあった。
ダイバーシティメディア(旧ケーブルテレビ山形)で出版したエッセイ本「夢と自信」にも、漬け物をつけているお義母さんの笑顔が載っている。
生者必滅 会者常離は、人の世の習いではあるが、残念至極である。
形あるものは、永遠ではなく、いつか形を変える。
一瞬吹いた無常の風が、思い出や積み重ねた日々を、全部持っていってしまう。
歳を重ねると、多くのロストストーリーと出会う。
だからこそ、その時の「今」を大切にしたい。
本日は、アポイントをすべてキャンセルさせていただき、関係者の皆様には、深くお詫び申し上げたい。
葬儀の8月5日(金)までは、ご迷惑をご容赦いただきたい。
そして、お義母さんには、心より感謝申し上げます。
これまで、大きな優しさで、見守っていただきありがとうございます。
合掌
元記事:http://ameblo.jp/stokimori/entry-12186664880.html