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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
令和8年10月5日(月)、パレスグランデールにて、里之宮•湯殿山神社の創建150年奉祝記念祝賀会が、厳かに開催された。

力強い木遣で始まった祝賀会には、神社本庁の田中総長はじめ多くの神社関係者、山形県の吉村美栄子知事、山形市の佐藤孝弘市長を来賓に迎え、神社氏子崇敬者及び神社関係者、奉賛会の顧問の皆さんが集まり、初代山形県令の三島通庸公が山形県の鎮守として創建してから150年の慶事を祝ったのである。


最初に、湯殿山神社教学顧問の小形利彦先生より、古文書や明治時代の記録の説明が行われ、当時の湯殿山神社を巡っての大久保利通公などと三島通庸公のやり取りなどを知ることができた。


引き続き、ダイバーシティメディアが制作したオープニングムービーが上映され、今年開催された150年奉祝記念行事の3日間の記録が報告された。
その中で、神社の鳥居が、今回、はじめて真っ直ぐ開き、鳥居をくぐってお参りできるようになったことなども伝えられた。

奉賛会副会長であり、山形パナソニックの清野寿啓社長が開会の辞を述べる。

引き続き、湯殿山神社責任役員であり記念事業実行委員長の吉田福平氏より、創建150年の意義と、多くの皆様のお力により記念事業が成功裡に終わったことについて、感謝と御礼のご挨拶が述べられた。



奉賛会長を仰せつかっている自分は、奉賛会の歴史について歴史を紐解く。
昭和58年(1983年)に、現在の山形市役所庁舎の新築工事により、里之宮•湯殿山神社は現在の文翔館の隣に遷座することになった。
その時、奉賛会と神社役員が合同で移設実行委員会を組織し、名誉会長に参議院議員の安孫子藤吉氏、会長に山形県知事の板垣清一郎氏、副会長に山形市長の金澤忠雄氏と商工会議所会頭の清野源太郎氏、実行委員長に後の農林水産大臣の鹿野道彦氏、副委員長に後の山形市長の吉村和夫(我が父)が就任する。
遷座後は、鹿野道彦氏が奉賛会長、吉村和夫が奉賛会副会長として、里之宮・湯殿山神社をバックアップしたのだ。
その後、自分が奉賛会長、清野寿啓氏が副会長に就く。
時代の流れの中で、連綿と繋がる使命を感じるのであった。

神社本庁の田中恆清総長の、とてもありがたくも威厳のあるお言葉が心に沁みた。


来賓の吉村美栄子知事と佐藤市長の祝辞が述べられる。


澁谷宣寛宮司より、この歴史的な慶事に、このように多くの皆さんが参加され、共にお祝いをしてくださったことに、衷心より感謝と御礼の言葉を述べられる。
神社本庁の総長はじめ、澁谷宮司の友人の神主の皆さんも出席され、とても嬉しく思うと語られていた。


鈴木豊喜与山形県民踊協会会長による祝舞が披露される。


神社本庁長老の三峯神社の中山高嶺宮司による乾杯が行われる。
機知に飛び、さらにユーモアもあり、とても素敵な乾杯のご発声であった。


山形の歴史の1ページとなる祝賀会。
商工会議所、山形新聞、各銀行の代表など、山形県の

澁谷宮司ご夫妻と、奉賛会長と副会長の記念写真。


吉田福平実行委員長は、ダイバーシティメディアの取材を受けておられた。

澁谷宮司の後継者である澁谷大樹氏と奥様。
次の時代、里之宮・湯殿山神社の舵取りをされる。

田中総長は石清水八幡宮の宮司もされており、幕末維新ミュージアム霊山歴史館の木村幸比古アドバイザーと、清野社長とで、松下幸之助家との関わりについて熱く話されていた。

水上弁護士の紀江夫人とルーブルの山口明子さん。
湯殿山神社の熱心な崇敬者として、田中総長にご紹介する。

山形県神社庁の林保彦庁長による聖壽萬歳。
「天皇陛下、萬歳」が、神社本庁の慣わし。


約3時間以上にわたる大祝賀会。
人々の心の拠り所であり、祈りの場所である里之宮•湯殿山神社が、これからも何十年、何百年と続いていって欲しいと、願わずにはいられない。

そして、この日、澁谷宣寛宮司の、心の底からの晴れ渡る笑顔は、とても印象的であり、まさに「幸福の象徴」に思えたのは自分一人ではないと思うのであった。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12980788683.html
























