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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
秋のお彼岸。
暑さ寒さも彼岸まで…やはり半袖では、ちょっと肌寒いかも…そんなこの頃。
12年前の8月20日は、父親が亡くなった。
弟は当時は29歳で、初めての子どもの顔を父親に見せたかっただろう。
しかし、叶わず、弟の息子は、父が亡くなった半月後に産まれた。
ひとつの命が失われ、ひとつの命が生まれる。
そんな自然の摂理を、目の当たりにした当時だった。
正直、自分は、会社の未来も、父の後の山形市政も、家族や母の事も、どう守っていいのか、何から手をつけていいのか…不安が溢れていたような気がする。
幸いにも、ケーブルテレビ山形は、父が創った会社ではなく、自分達が設立した会社であるから、直接的なダメージは無かったが、幹部職員や取締役の面々は、精神的な支柱を失った気がしていた。
その後設立したムービーオンの存在や、岩手ケーブルテレビジョン、そしてプロバスケットボールのパスラボ山形ワイヴァンズの誕生も、父は知らずに天国に召された。
市長は、市川昭男助役(元市長)が引き継ぎ、見事に12年間勤めあげられた。
知事や弟が政治家になったことも父は知らない。
父の秘書の斉藤淳一さんが市議会議長になったのも知らない。
特に、市川昭男市長は、とにかく真面目な方であり、嘘もつけないし、おべんちゃらも言えない。
山形市長は、市川昭男氏の想定外の人生だったかもしれない…しかし、実は必然的なものであったのかもしれない。
それは、歴史が判断してくれるだろう。
もうすぐ80歳になる母は、昨年から自分の家を増築して同居して一緒に暮らしている。
弟にも二人の子が誕生した。
8月20日、父の法要を菩提寺『長源寺』ですませ、家族と斉藤さんは、『ムッシュ・さとう』へ移動し、昼食会をする。
父の秘書であった斉藤淳一市議が献杯の発声。
お店に無理をいい、父が好きだった、パエリアも食べる。
父が好きだった、『ムッシュ・さとう』のフルコースをいただく。
弟が、県議会で、ここから合流した。
時間が経つにつれ、いろんな出来事や、物語りは、間違いなく風化していく。
次に続くもの達が、しっかり胸に刻み、伝えて行くことが重要なのであろう。
12年間。
長かったようで短かったのかなぁ… 。
でも、やはり長い短いではなく、濃さなのかもしれない。
ふと過去を振り替える秋の夜長…である。
元記事:http://ameblo.jp/stokimori/entry-12075668808.html