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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
先日、久しぶりに放送作家・脚本家の小山薫堂さんと再会し、いろいろな話をさせていただく。
小山薫堂さんは、熊本県天草市の出身で、日本大学芸術学部に在学中に、あの「11PM」に放送作家として参加されていた。
その後、「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」「世界遺産」「進め!電波少年」の構成など、多くのテレビ番組に関わって来られた。
自分がハマって観ていた番組ばかりである。
2006年、山形国際ムービーフェスティバル(YMF)の審査委員に就任(その後は現在まで特別顧問)される。
それ以来、自分とは20年来のお付き合い。
同年、東京六本木に、企画プロデュース会社「オレンジ&パートナーズ」を設立。
この頃、2008年公開の映画「おくりびと」のシナリオハンティングで、山形を何度も訪れていた。
ちなみに、ムービーオンでは、「おくりびと」の上映を約1年間続けた。
ムービーオンやまがたでの最長上映記録である。
2009年には、東北芸術工科大学のデザイン工学部企画構想学科の教授・学科長に就任される。
(映画祭の会場に、宮島副学長が何度も足を運ばれていたのを覚えている)
2010年、熊本県民の為に、くまモンを誕生させる。
2017年には京都芸術大学の副学長、2020年には大阪・関西万博プロデューサーに就任。
2025年、大阪・関西万博にて、小山薫堂シグネチャーパビリオン「EARTH MART」を出展される。
実に様々な切り口で、人々の「しあわせのカタチ」を創出している小山薫堂さん。
彼の歩んで来た道程は、周囲の人々に、感動と喜びを振る舞ってくれているのだ。

前述したように、小山薫堂さんと自分の友人である軽部政治さんが、企画プロデュース会社「オレンジ&パートナーズ」を立ち上げたのは2006年。
その2年後に、新卒第1号社員として、自分の長男である吉村和康(現在ダイバーシティメディア専務)がオレンジに入社する。
会社内では、社員やスタッフを愛称で呼んでいるとのことで、和康は「ジュニア」と呼ばれ、様々な才能を持つ先輩方に可愛がられていた。
彼の人生の中では珠玉の時間だったろう。
一般的には体験できないことに触れ、多くの光景を見せてもらったのだ。
間違いなく、彼の心の奥底には、オレンジイズム、小山イズムが宿っている。
薫堂さんと和康は何度か東京でお会いしているが、自分とは和康の結婚披露宴の時の主賓のご挨拶をいただいて以来の再会となった。
(本当なら、軽部政治氏も合流する予定だったのだが…、またの機会に!)
なので、5年ぶりとなる。
この日、積もり過ぎる話を夜中まで話す。

山形の「前田屋」で、おくりびとの脚本を書く際の裏話を、当時夜食を食べながら伺った時の写真があった。
約20年前の写真。
現在のオレンジの副社長の萩尾氏も同席していた。
彼が、まだ、レッドライスメディウムの時代に、山形国際ムービーフェスティバルのスローガン「才能よ、雪に埋もれるな。」を考えたのである。



この日も話に花が咲き、夜遅くなり、小腹が空いた為、創業54年目を迎える山形駅前の「札幌ラーメンどさんこ」で、ねぎバターラーメンと餃子を、薫堂さんと和康と渡辺聡常務とで食べる。

お互い60歳を越えて、見えてくる景色もある。
これからも、心身ともに健康で、次の時代に繋がるモノを作っていこうと話してこの日は別れたのであった。

薫堂さん直筆のコメントがある。
約20年前に書いたもの。
吉村さん、今なにを…まってる?
あれから20年経ったが、もう一度考えてみようと思うのであった。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12978936047.html
























