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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
弟の和武の長男の吉村好誠は、現在医学部の学生であるが、山形市立第一中学校時代は柔道部に所属していたこともあり、大学に入ってから柔道を始めたと聞いていた。

その好誠が、8月1日に開催された医学系の学生達が参加する「東日本医科学生総合体育大会」に出場し、柔道男子60キロ級で個人3位になったとのこと。
先日、弟と一緒に自宅に顔を出してくれた際に、その時いただいた銅メダルを見せてくれた。
大したもんだと、父と母に代わって、金一封を渡したのである。

その時、岩手医科大学の柔道部の仲間たちと、笑顔の写真を見せてもらった。
とても嬉しくなったのである。
好誠は、父が23年前の8月に亡くなって、その2週間後に産まれた。
亡き父は、彼の顔を見ていない。
しかし、お腹が大きい母となる修子のお腹を何度も撫で、体力も残っていないのに、愛情溢れる声をかけていたのだ。
「立派に産まれてこいよ!」「元気に育つんだぞ!」
その光景を、今でも覚えている。
その後、好誠は、山形市立第八小学校、山形市立第一中学校へ進学する。
山形東高校を受験したが、残念ながら合格できず、東海大学山形高校へ進む。
そこでメキメキと力をつけて、東海大学附属高校の試験では、数学では全国一桁の成績を収め、学園オリンピックにも出場する成績であった。
東海大学医学部を推薦で受験するが、ここでも合格できずに、本人もだが、それ以上に弟と自分はショックであり、涙したのを覚えている。
しかし、そこからが彼の真骨頂で、今度は岩手医科大学を受験し、見事に合格するのである。
高校受験と大学受験の二つで挫折を味わい、それでも医学部を目指した彼の心の強さは、三度の山形市長選挙で落選して四度目に市長となった父の強さを彷彿とさせた。
「一志如鉄」
「百折不撓」
「疾風に勁草を知る」
そして、「文武両道」
逞しく育った好誠の完成形は見ることができないが、社会の為に貢献できる医者となってほしい。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12974954868.html
























