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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
7月23日(木)、自分の従姉妹の草間紀子さんが山形に来られ、母を見舞ってくれた。
父には兄弟が6人おり、男性は長兄の敏夫と父の二人であり、姉が4人いたのである。
上山市の石岡家へ嫁いだ長女のひで子、本間家に嫁いだ次女のさだ子、高橋家に嫁いだ三女のとみ子、そして鈴木家に嫁いだ四女のれい子である。

父のすぐ上の姉に当たるれい子の次女が旧姓が鈴木紀子であり、結婚して草間紀子となったのである。
自分が生まれたちょうど一年後に生まれたのだ紀子さんである。
鈴木家は、東京都世田谷区若林に暮らしており、伯父の賢一郎氏は、富士山の頂上の観測所を建設した三菱電気のメンバーであった。
自分の父も、東京で鹿野彦吉衆議院議員の秘書であった為、母と暮らし出したのは東京都の三軒茶屋であり、自分は三軒茶屋産婦人科病院で生まれたのだ。
紀子さんの家がある若林の隣町であった。
なので、東京で暮らしていた幼少期は、紀子さんとは兄弟の様に、毎日遊んでいたのである。

従姉妹の中でも、1番年下の紀子さんは、親戚からノンチの相性で呼ばれており、自分は今でも時折「ノンチ」と言ってしまう。
その彼女は、小さい時から仲が良かった自分の母を、何度か見舞ってくれた。
早くご主人を亡くした紀子さんを、特に気にかけており、鎌倉の自宅にも足を運んでいた。
彼女の娘達は優秀で、長女は山形大学医学部を卒業し、立派な医者となった。
そのご主人も医者であり、すぐ側に暮らしている。
母を見舞った時、家族以外はほぼ認識できなかった母が、「ノンチ?」と記憶の中の何かに繋がった様であった。

その後、自分の家で、妻や娘達とお茶を飲み、夕食は一緒に「佐五郎」のすき焼きを食べたのである。
彼女からは、ケーブルテレビ山形設立の時からお世話になっており、その他にも、事あるごとに様々な案件を共有してきたのだ。
最も信頼のおける親戚であり、いつも味方になってくれた。
お互い、65歳を超え、腰や膝が痛く、気力体力の衰えを口にした。
また、孫の話も沢山して、時の経つのが早いことを噛み締めたのである。
それでももう一踏ん張り、頑張ろうと、笑顔で別れたのであった。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12973878368.html
























