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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
7月22日(水)、自分が大学を卒業し山形に戻って就職をした時に、とてもお世話になった小長井湶さんと40年ぶりの感動の再会を果たす。

自分が新卒で就職したのが、山形県経済農業協同組合連合会、通称・山形県経済連である。
今のJA全農の前身である。
父が、「お前が、もし政治家になるとしたら、山形県は農業県であり、農業をちゃんと勉強しなさい!」と、背中を押されて入社した就職先であった。
父が政治家だったので、当時は、漠然と自分も政治家を目指していたのだ。
何も疑問も感じず、入社した経済連。
当時は、今の数倍にあたる約2,400億円の売上があった。
配属先は、高畠町の糠野目にある置賜事業所の肥料農薬部であった。
窒素、リン酸、カリの肥料3要素を学んだ1年目。
2年目は、農薬も担当し、毒物劇物取扱い主任の資格も所得した。
置賜地区の、米沢、川西、南陽、高畠、白鷹、飯豊、小国、長井、西根の9農協に、肥料と農薬を売るために巡回営業し、その支所を合わせると50ヶ所の農協に毎日足を運んだ。
当時は、まったく知らない地区だったが、吉村家のルーツが川西町にあったので、親近感を持って巡回したのだ。
不思議なもので、農協を回れば回るほど、営業成績は良くなっていった。
農協の担当者の方々と近くなり、関係が深まれば、自ずと仕事も増えてくる。
自分は、電話一本で、2百円の鶏糞一袋でも、すぐ求められる農協へ配達をした。
そのフットワークも、評価されたのである。
前年の担当者の250%の売り上げを、1年目から上げたのであった。
そんな自分に、手取り足取り指導してくれたのが、直属の上司の田中重徳調査役と、クミアイ化学から出向されていた4歳上の小長井湶さんであった。
小長井さんとは、歳も近かったので、よく農協へも行ったし、美味しい店を紹介いただきランチもご一緒させていただいた。
ある時、自分の目の前の席の遠藤公美子さんとお付き合いしていると聞き、とても驚いたのを覚えている。
その後、小長井さんのアパートで、自分も付き合っていた今の妻を連れて、4人で鍋を囲んだこともあった。

そんな小長井さんと、Facebookを通して、最近繋がり、静岡に住むお二人が山形に来られるタイミングにお会いすることとなった。
場所は、山形市七日町の庄司屋御殿堰七日町店。
あの鍋を囲んだ日から40年。
この日の話は、これまでの空白の40年間のお互いの歴史を埋めていった。
当時の経済連の先輩達のこと。
仕事のこと。
子どもたちのこと。
孫たちのこと。
健康のこと。
話していくうちに、やっぱり、小長井さんは小長井さんであり、あの優しくて楽しい魅力的な兄貴分であったのである。
1年に一度くらいはお会いしましょうと、別れたのである。
とても楽しく、心を埋めた素敵な時間であった。
お互い健康に留意して、またお会いしましょう☆
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12973471364.html
























