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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
7月11日(土)、やまぎん県民ホールにて、伊勢正三&風の楽団のコンサートが開催された。
会場は、同年代の方々で溢れ、3階まで満員となったのである。

自分がギターと出会い、スリーフィンガーやフォーフィンガー、さらにはピッキングなどのアルペジオを猛練習していた中学時代、世の中はフォークソング全盛期であり、吉田拓郎や井上陽水、そして、憧れのかぐや姫が大活躍していた。
当時は、ほとんどの中学生や高校生がギターを奏でて、フォークソングを歌っていたのだ。
そんな中で、かぐや姫は、「神田川」「妹」「なごり雪」「加茂の流れに」「22才の別れ」「置き手紙」などと、歴史的な楽曲を世の中に出し続けた。
自分は、かぐや姫の中でも、正やんこと伊勢正三の作詞作曲が大好きで、初めて聞いた時から、心を鷲掴みにされたのである。

その正やんと、40年も前になるが、電話で直接話したことがある。
友人の佐藤隆くんが経営する「カフェ・クルー」
そのオープン何周年目かで、「山形に正やんを呼んで、県民会館で歌ってもらおう」と、友人たちと、「伊勢正三コンサート」の開催を企画した。
県民会館も抑えて、チケットも作り販売していた。
正やん及び演奏者も含めて、てっきり話が通っていたと思っていたが、数日前に本人たちに話が通っていないことが分かったのだ。
間に入っていたという人が、詰め切ってなく、曖昧にしてしまったらしい。
素人が芸能界に手を出すと、アルアルの話しなのだろう。
しかし、チケットは売ってるし、困り果て、電話番号を何とか入手して、正やんに直談判。
正やんは、大ファンだと言った自分たちの事情を察してくれて、「今からバックバンドは連れて行けないし…」と。
「ギター1本で、お一人でも来てください!」と懇願した。
「分かった、じゃあ一人で行くよ」と。
そして実現した伊勢正三コンサート。
本当に1人で来られたのである。
今と違ってスマホが無い時代。
クルーの固定電話からかけたことを覚えている。
夜、三枡で食事をとり、山形ワシントンホテルのガスライトで夜中まで飲みながら話をした。
途中、顔を出されたワシントンホテルの伊勢和正社長と正やんが、「伊勢の姓のルーツ」について話していたのを覚えている。
翌日、飲みつぶれた隆くんから頼まれて、自分が山形駅のホームまで、正やんを送ったのである。
きっと、正やんは、あの時のことは覚えていないだろう。
自分たちにとっては、無鉄砲だったが、とても貴重な青春の1ページだった。

今回は、自分と中学生の時から「かぐや姫」と「風」の曲を、ほぼ全曲コピーして歌っていた「季節風」の高橋昌彦くんと一緒に聴きに行った。
高校の時は、二人で何度もライブもしていた。
隣の笹原美喜夫くんは、当時、自分たちのライブのチケットを売ってくれた。
会場には、当時の仲間たちも、大勢いたのである。


風の始まりの歌…海岸通り、あいつ、星空、あの歌はもう歌わないのですか…と、素晴らしい順番で楽曲が流れる。
なごり雪、君と歩いた青春…。
目を閉じると、50年前、15歳から25歳までの10年間の様々なシーンが蘇ってくる。
そして、指が勝手に動き出し、しばらく弾いていないギターのアルペジオの動きに…。

以前、何度も聴いたコンサートの正やんの歌声と、今の歌声は、残念ながら少し違う。
シンギングトーク的なエアが効き過ぎているのだが、バックバンドの楽曲は当時のままである。
最後まで歌い続けていた正やんは、美しいと思った。
74歳でも、これだけ歌い続ける正やんに、自分たちは、その歴史を写し出し、同化するのであろう。
青春時代に出会い、共に過ごした仲間たちを、思い出した夜になったのである。
最後の曲は、「君と歩いた青春」だったのだ。
(写真は、正やんのサイトより引用)
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12972415879.html
























