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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
鈴木油店の前会長であり、ダイバーシティメディアの取締役の鈴木浩司さんが、6月21日(日)にご逝去された。
鈴木浩司さんの御霊に哀悼の誠を捧げ、衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。

6月21日(日)の午前9時30分頃、浩司さんの同級生でいとこの秋葉昭一さん、山形ワシントンホテルの伊勢和正さんから、ほぼ同じ時間に浩司さんの訃報を受けた。
入院されていたのは知っていたが、近々退院なさると思っていたので、驚き言葉を失う。
弟の吉彦氏に電話をし、それが事実であることを知り、鉄砲町のセレモニーホールに伺った。
安らかな御尊顔に拝し、悲しみと無念さが込み上げてくる。
吉彦氏と喪主の健博氏と手を握り、涙が止まらなかった。

浩司さんとの出会いは、40年前、自分の父が山形市長選挙に出た時、後援会青年部を作ろうとした時である。
それまで、父が県議会議員の時の青年部だった「二十代の会」に、山形の若手経済界の皆さんに声をかけようと、まだ30歳になったばかりの秋葉昭一さんや畑栄明さん等と一緒に、20代と30代の若者を対象に「Yの会」を作ったのである。
この「Yの会」は、最終的に会員数は約2万人まで達した東北一の後援会青年部となったのである。
その時、秋葉さんや畑さんから紹介されたのが、鈴木浩司さんや伊勢和正さんであり、その後、「Yの会」の中心となられた。
この活動の中で、岡崎重弥さん、高橋穣さん、新関芳則さん、鈴木哲男さんなど、その後の人生の先輩方と出会っていく。
それまで24年以上続いた山形市の革新市政を、なんとか保守系の市政にしようと2度目の戦いを挑んだ父であったが、「Yの会」も必死に頑張ったが、落選してしまう。
そんなどん底の挫折感の中から、「山形の街を新しい時代に通用するレベルにするために、多チャンネルなどの情報化を進めよう!」と、ケーブルテレビ山形を設立するのである。
秋葉昭一さん、鈴木浩司さん、岡崎重弥さん、畑栄明さん、伊勢和正さん、五十嵐信さん、土屋武司さん、菅野安吉さん、野口勝彦さん等若手が中心となった。
写真は、2013年のケーブルテレビ山形の株主総会の模様である。
秋葉昭一さん、岡崎重弥さん、畑栄明さん等が取締役を退任し、同年代の先輩では鈴木浩司さんだけが残った。

2014年の株主総会の様子。
いつも、大所高所から、時には厳しい意見も言っていただくありがたい存在だった。

2024年に、ダイバーシティメディアグループが開催した、現在の取締役の會津圭一郎さんと、監査役の伊勢和正さんの三浦記念賞のお祝い会での写真。

振り返ると、いつも笑顔で包んでくださった浩司さんがいる。
これまでの、多くのご指導に心からの感謝をし、ご冥福をお祈り申し上げたい。
そして、この地方都市山形を、持続可能な魅力ある街にする為に、改めて頑張っていきたいと思う。
見守っていただきたい。
合掌。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12970709274.html
























