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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
4月9日(木)の午後、桜満開の馬見ヶ崎河畔の桜を見に、秘書室のメンバーと訪れる。
山形市は、例年より早く、桜満開の季節を迎えた。

毎年この時期は、仕事の合間に、ダイバーシティメディアの秘書広報室のメンバーと訪れる。
昌彦室長、後藤次長、棚井係長と自分の4人。
桜井秘書広報局長が、キワニスクラブの定例会に出席の為に、今年は一緒に来られなかった。



桜は、季節を感じる花である。
春の訪れに、心は高揚する。



例年以上に露店が出ていて、お祭り好きの自分は、楽しくてしょうがない。
さっそく、渡辺商店でたこ焼きを買う。





次に、「みたらし団子」を5本購入する。
花見は、やはり団子である。
焼いているので、とても香ばしく美味しい!
残った1本とたこ焼きは、桜井局長へのお土産。


桜ばな いのちいっぱい咲くからに
生命をかけて わが眺めたり
岡本かの子の「桜」である。
大好きな一節。
客体の価値は、主体の価値に比例するのだ。


馬見ヶ崎河原は、自分の家族にとっては忘れられない場所。
下流の緑町埋立地区は、自分が2歳半から17歳まで約15年間暮らした。
借家であったが、自分の裏の河原は、自分のホームグランドで、いつも朝から晩まで遊んでいた。
マスやヤマメを釣ったり、上流のマス釣り堀から逃げてきた魚を捕ったり、子ども会で魚の手づかみをしたり…。
また、結婚してからは、後ろに見える10階建ての市営アパートで、約10年間暮らした。
妻と3人の子ども達と、狭い部屋で5人が重なるように寝ていた。
ケーブルテレビ山形を設立したのも、ここに住んでいた32歳の時である。
大変だったけど、とても楽しく輝いていた日々であった。
父が山形市長になってからは、馬見ヶ崎河畔の桜をライトアップし、山形の観光名所としてPRしたのだ。
それが、今も続いているのだ。

毎年、この場所に来て、春の季節を感じたいと思うのであった。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12962589763.html
























