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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
大学を卒業して就職したのは、山形県経済農業共同組合連合会。
通称、経済連。
現在の、JA全農である。
当時は政治家を目指していた自分は、父の推薦で山形県経済連に入社した。
「政治家になるなら、山形県の基幹産業の農業を学ぶべき!」との父のアドバイスに従い、山形県経済連を受けたのである。
最初の配属先は、高畠町糠野目にある経済連置賜事業所の肥料農薬部である。
大学では「政治」と「経済」を学んだので、まったく「農業」などは無知であり、経験も無い中で、「肥料」と「農薬」を学び、国家資格な毒劇物取扱主任を所得し、農協簿記も取り、とにかく勉強して各農協の皆さんと仕事にあたったのである。
米沢農協、南陽農協、高畠農協、川西農協、長井農協、飯豊農協、白鷹農協、小国農協、西根農協の9農協と、各農協の組合員の皆さんがお客様であった。
ちょうど、農業界は、後継者不足や、田畑を手放す人が増え、自分は「こやし情報」という瓦版を作り、各農協の支所の窓口に置いてもらった。
今、弊社グループでやっている、ワイヴァンズ新聞や、ムービーオン通信の様なものの走りである。

そんな自分を、とても可愛がってくれた先輩方がいた。
今もお付き合いがある稲村和之さん、田中重徳(故人)さん達である。
どちらも肥料農薬部の先輩である。
その頃、同じ置賜事業所の肥料農薬部に出向していたお二人がいた。
クミアイ化学の小長井さんと、八州化学の桜井さんである。
農薬メーカーのお二人は、自分に様々なことを教えてくれた。
年も比較的近かったので、ランチなどもよくご一緒したのだ。
その頃、小長井さんからいただいたのが、農薬の「フジワン」の爪切りである。
当時は、こんなにデカい爪切りは見たこともなく、それ以来、ずっと使ってきたのだ。
気がついてみたら、40年以上経っており、新しい爪切りを何度か買うが、やっぱり「フジワン」の爪切りに落ち着くのである。
先日、爪を切りながら、経済連の置賜時代を思い出し、とても懐かしい場面を思い出していた。
明け方に集まって、ヘリコプターの「空中散布」を見守ったり、ヘリコプターが田んぼに落ちて、シャベルで1日中土を入れ替えたり、農協の皆さんと赤湯温泉の「天の湯」で宴会をしたり、置賜の皆さんは、とても温かかったのである。
稲穂が実る秋、鳥上坂を下って南陽市に車で入る時、置賜地区の肥料と農薬は、自分が販売したという自負と誇りが、体を熱くしたのを覚えている。
置賜の地で獲得した、きっと初めての社会的な自己実現だったのであろう。
それが、自分の社会人としての出発点だった。
当時お世話になった皆さん、ありがとうございました。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12961325314.html
























