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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
2012/11/27 23:49:00
宮城県牡鹿郡女川町出島の『アワビ』
昨年の3月11日。
東日本大震災が起きた。
思いもかけない、地震と津波、そして福島原子力発電所の事故。
その被害は、多くの人命を含めて、甚大なものとなり、未だに復興の道は、遅々として進まない。
自分の母親の実家は、宮城県牡鹿郡女川町出島という、女川港から約20分の島である。
母親の実家は、その島で、特定郵便局や、酒、米、薬、たばこ、野菜などの、唯一の商店であり、町の中心的な機能と役割を担っていた。
船が着いた時の気付けも、木村商店であった。
伯父が亡くなり、この大震災までは叔母がひとりでその役割を担っていたのである。
あの日、出島の民家は総て流された。
残ったのは、山頂にある学校と、グランドにかかれた『SOS』の文字。
叔母やその子ども達の生存が確認できたのが、約1週間後であった。
みんなが、1次的に山形市に避難した。
三女は山形にアパートを借り、子ども達と住んでいるが、叔母は、何もない出島の仮説住宅へ移り住み、1年になる。
その間、山形からは、米や酒や肉を送った。
仮説住宅の人々で召し上がったそうである。
ところが、数日前、叔母からアワビが届いた。
山形の親戚に送って欲しいと、各仮説住宅から1つずつ、叔母のところへ届いたとのこと。
もう一生食べることはできないと思っていた、アワビのさしみと、あいなめのさしみである。
仮説住宅の皆さんが、1つずつ送ってくださったアワビ、そしてアワビの肝である。
半分は、肝ごとバター焼きにし食べた。
味も最高だが、何故かみんな感動していた。
仮説に住む出島の人々の『おかえし』を頂いたこと。
そして、出島の海がもどり生き返ってきたこと…。
今まででイチバン美味しいアワビだった。
ありがとう。
そして、またお互い、頑張りましょう。
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元記事:http://ameblo.jp/stokimori/entry-11414819474.html