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日記アーカイブズ
時森 ししんさんの新着日記
山形県立山形南高校の第28回卒業生の「鉄人会」
その中でも、決して成績が優秀な方の学生ではなかったが、毎日の様に、授業が終わってから放課後一緒に過ごした仲間たち。
あれから50年の間、常に一緒に歩んできた。
自分が応援団と剣道部に所属していたので、自ずと両部のメンバーを中心に、かけがえのない時間を、毎日一緒に過ごした仲間たちが集まっていった。
当時の成績はあまり良くはなかったが、賢さ、聡明さなどは、抜群の仲間たちだった。
正直、自分の場合は、国語や文学に興味が沸いたのは大学に進んでからである。
数学が必要となったのは、30歳の時に経営者を志し、貸借対照表や損益計算書などのPLとBSを勉強した時。
英語は今であり、山形ワイヴァンズの外国籍選手たちと話そうと個人レッスンを受けている。
人は、どこで、どんなスイッチが入るか分からない。
「男子、三日会わざれば刮目して見るべし」とは、教育の根本的な考え方である。
と、ちょっと、高校時代に勉強しなかった言い訳を…。

高校生の時、野口勝彦と竹田典克は剣道部、国井新一郎と宮田隆夫と金子竜雄と高橋稔は応援団、鈴木修と山川有ニとはいつも一緒に帰っていた。
東京の地で、大学受験の際の珍道中や、大学生の時の様々なドラマも、社会人になってからのドラマも、彼らと共に乗り越えてきたのだ。
自分の父が、県議会議員、山形市長と政治の道を歩んでいったので、彼らからも絶大な支援をしていただいたのである。
ケーブルテレビ山形を設立する時も、皆んなから力になってもらい、野口に至っては取締役にも就任してもらっている。
そんな仲間たちの存在は、とても大きいし頼もしい。
山形南高校の初代応援団長の父からは、「人生が豊かどうかは、仲間の存在」と教えられた。

この日は、久しぶりに集まろうとなり、メトロポリタン山形にある平田牧場で、金華豚のしゃぶしゃぶを食べながら、ゆっくり、たっぷり語り合い、英気を養ったのであった。
まだまだ、隠居するには早すぎるメンバーで、修はゴルフ場の社長として第一線で頑張っているし、国井も新たなチャレンジをするらしい。

ちょっと話しただけで、あっという間に人生の様々な場面に、タイムリープしてしまう仲間たち。
思い出がありすぎるのだ。
チェック、ラ・セーヌ、キングスアーム、こけし、リビドー、モルト…。
あの頃、今日の様な日が来るとは予想だにしなかった。
健康に気をつけて、また定期的に会おうと約束してお開きとなったのである。
元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12960322155.html
























