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日記アーカイブズ

店長 現住所/山形市 :山形市木の実町
自己紹介
ペットショップに生まれて、2代目です。犬猫の専門店としては、東北でも古く50周年を越えました。
大切な事を伝えてゆくお仕事だと思っています。
お気軽にご相談いただければ、と思っています。
トリミング、グッズ、ホテル、生体の販売をやっています。
よろしくお願いします。
店長さんの新着日記
最初に、石巻で個人的に動物の支援のボランティアを20年以上も前から続けている石巻アニマルクラブさんへ行く。石巻の町から高速道路で40分くらい離れた場所の薬局のSさんと言う方が、窓口になっていらした。
先日、キャットフードをお送りしたのだが、又、石巻に行くからその時、持って行くと伝えていた。
震災後、保護した猫さんが80匹位預かっているのだそうだ。もちろん、飼育されている場所は違うが、その方も忙しい中、対応して下さった。この辺の地区もまだ傷跡が癒えない。
その後、石巻専修大学へ行き、ボランティアの状況を聞きに行く。マスコミが言うほど間に合っていないらしく、バラつきがあるようだ。
そして、何度か足を運んだ鹿妻小学校に、支援物資を持って行く。
校庭に入ると、『明日があるさ。』が、聞こえてくる。自衛隊さんのバンドが校庭で、演奏している。ちょうど最後の小節だった。子供たちが並んで聞いている。
子供たちが、『上を向いて歩こう』を口ずさんでいたので、「坂本九」さん特集だったのだろう。
今回は、キャットフードが多く、商品も偏っていたし、人間の物がほとんどなかったのと、あれから3か月も経っているから、避難所も居なくなったのかなぁ?なんて漠然と思っていたら、まだ300人以上の人が、体育館で暮らしていた。当初は千数百人いたとの事だ。
避難所にいるおじいちゃんと話をする。「3カ月経つけど、一回もお金こねから。」との事。ある人は、「また来てけだの。待ってたんだ。」「家の猫18歳で、ここでもらったエサで、助かったわぁ。」等々。約1時間で、全て渡し切って終了。うっかり、「また来るから・・・・。」と言ってしまって、「ヤバい」と思った。
「物資が集まればね。」と付け加えて。
「仮設住宅が、なかなか当たらねくて。」「この辺は、仮設住宅が出来るのが遅れているんで・・・。」そんな声も。
その後、Tさんと石巻の港を、日和山から見下ろす。4月4日に来た時より、すごい勢いで片付いてた。しかし
それは、全てが何もなく、冠水している道路のわきには、10m位の瓦礫。
瓦礫・・・、津波が瓦礫にしてしてしまっただけで、生活のすべてだったろう。
←昨日の様子 →4月4日の様子
【同じ場所から、若葉の緑が2カ月の時の流れを、目に焼き付ける。】
←昨日の様子 →4月4日の様子
【随分、片付けられていていた。その分何も残っていない印象がより強く感じる】
その後、知り合いの獣医さんに、キャットフードを置いて、山形に戻る。Tさんは、今日から車中泊で、動物救護センター、泥の掻き出しと、一週間滞在の予定だ。彼が、ボソッと「又、来ないとダメだな。」と言う。
「恐らく・・・、みんな、そう思うんだよ。又来なきゃって。」
Tさんの行動力と、想いにも感謝。
【しぜんを守ろう石巻 堤防に描かれた文字が皮肉にも感じる。】【公園には多くの献花が。ありがとうの文字】
今回で4度目になる支援物資の配布。石巻は3回目。 なぜ石巻か?人的な被害は石巻が一番大きい、桁が違う。そして、その動物だけが、家族になってしまった人もいるはずだ。
人間も食えないのに、犬猫なんて二の次三の次だなんて、声もあるが、現実に飼っている人が、どんな思いでフードを貰って行っているかは、解かるつもりだ。思いは同じである。
自分達が行くときは、いつも良い天気で迎えてくれる石巻。一歩ずつ、例え、無力に近い微力であっても、それは無ではない事を信じて。
元記事:http://blog.livedoor.jp/meteor1965/archives/51867546.html