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日記アーカイブズ

店長 現住所/山形市 :山形市木の実町
自己紹介
ペットショップに生まれて、2代目です。犬猫の専門店としては、東北でも古く50周年を越えました。
大切な事を伝えてゆくお仕事だと思っています。
お気軽にご相談いただければ、と思っています。
トリミング、グッズ、ホテル、生体の販売をやっています。
よろしくお願いします。
店長さんの新着日記
さて、雨が降ったり、やんだり、晴天になったり、なんだか忙しい天気である。朝、なんとなしに、テレビを見ていたら、19年前の今日、亡くなった尾崎豊の話をやっていた。次の日(26日付)の新聞の紙面は、全て尾崎豊だった。
うむ~。おじさんになったせいなのか?時が進むのが早い。確かあの頃、自分は26歳で、尾崎豊も同じ年だった。あの頃、彼女だった人は、奥さんとなって、同じだけ歳を重ねた。
尾崎豊が、野音で飛んで、骨折をしたライブをやっていた頃、自分も東京の空の下で、渋谷辺りをぶらぶらしていた。
全てが、リアルタイムだった。新宿の大型スクリーンには、毎日『豊田商事事件』が移し出され、血の着いた包丁がアップになり、『ロス疑惑』の三浦氏が、いつも高い声で、レポーターの質問に答えていた。
1984年からの数年間は、チェッカーズも、オニャンコクラブも、あの時代の中にあった。ウェンディーズのハンバーガーがあり、アンナミラーズのフリフリのミニスカートがあり、ヴェンティージのデニムが、高価な値段をつけていた。
別にレトロ主義になっているわけではない。尾崎が、向っていた方向は体制への批判であった。その時代の若者が向うベクトルとしては、多くのアーティストがそう言うメッセージを発信していた。何も変わらないが、白ける事なく、ひたすらに、メッセージを送り続けた。
あるいは、ただのジャンキーだったのかもしれない。
スーちゃんのお葬式を見ていたら、なんとなくいろんな事を、思い出してしまった。
また明日。
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元記事:http://blog.livedoor.jp/meteor1965/archives/51851020.html